国語表現ゼミナール | |
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3回生 | 池田朝哉 奥田真心 小野田彩花 倉元達也 小出涼花 高寺大喜 水呉知史 中本駿平 |
指導教員 | 野浪正隆 |
今年度の表現ゼミナールでは、前期の活動で物語教材の叙述分析を行なった。叙述分析を行なっていく中で、身の回りのさまざまな表現についても興味を持った。巧みな表現が用いられている事例として、私たちが普段映画を観るときに何気なく目にするキャッチコピーが挙げられる。キャッチコピーは主に配給会社が宣伝のためにつけるものである。配給会社は読み手にその映画への興味を持たせるために洗練された表現を考える。では、そのキャッチコピーには、読み手を惹き付けるためのどのような表現の工夫が盛り込まれているのか、ジャンルや公開年代、叙述分析などをもとに多様な観点から考察していく。
本節では、研究対象について説明していきたい。そもそも映画のキャッチコピーとはどのようなものであるのか。デジタル大辞泉によると「キャッチコピー」については以下のように説明されている。
《(和)catch+copy》人の注意をひく広告文、宣伝文。(デジタル大辞泉)
今回、「映画キャッチコピー集」というサイトから無作為に計586作品を選出した。年代としては1973年から2014年まで、ジャンルとしてはアクション、恋愛、コメディなど計16種類のものを収集した。また、このジャンルの定義については後述するものとする。
1-2で述べた方法で映画を無作為に選び、映画キャッチコピーの表現方法(文字種・叙述内容等)、映画のジャンル、年代といった観点別に分類し、各観点の全体傾向やそれらにどのような関わりが見られるかについて考察を行った。
映画キャッチコピーの構成要素として、前節で述べたような観点から計七つについて分類を行った。
「この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口君。」(『姑獲鳥の夏』)・映画の登場人物の心理
「それでも、永遠だと信じたかった――。」(『僕等がいた 前編』)つまり登場人物の視点で表現されたものであると見て取れるものが「内」である。
「君はまだ、究極のサッカーを知らない。」(『少林サッカー』)・語り手が映画について説明しているもの
「愛と平和の大冒険ファンタジー!」(『妖怪大戦争』)このように「外」のキャッチコピーは語り手の視点からの表現なのである。
「さあ、世界一オカシな工場見学へ!」(『チャーリーとチョコレート工場』)・映画の登場人物が読み手に語りかけているもの(疑問・誘いかけ)
「遊ぼ。」(『着信アリ2』)誰が発した言葉かわからない表現と、登場人物が読み手に語りかけてくるような表現を「内外」とした。
映画には、様々なジャンルが含まれているが、映画のジャンルによってキャッチコピーに使われている言葉に読み手をひきつけるための特徴はないか、ジャンルごとの頻出語句や、叙述内容に偏りがあれば、それはどのような効果があるのかを調べた。
ここではSF・恋愛・コメディ・アクションの四つの分野を対象にした分析を行なった。
SF映画
そこで、「何が起こるかわからない」「その先が気になる」と思わせるために読み手側に問いかけてくる疑問系のキャッチフレーズや、結論を隠し曖昧に濁すような表現が使われているのではないかという仮説を立てた。調べてみると、その割合は23.2%を占めた。以下、キャッチコピーの例である。
「そして 何かが生き残った…」 (『ロストワールド ジュラシックパーク』)
その時、何が起きたのか? (『クローバーフィールド HAKAISHA』)
状況 | 行動 | 談話 | 心理 |
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27.50% | 7.50% | 22.50% | 42.50% |
「それでも、永遠だと信じたかった――。」(『僕等がいた前篇』)
「太陽にあたれない彼女に恋をした。」(『タイヨウのうた』)
本節では、ジャンルと叙述の方向の関連性について述べていきたい。
まず、すべての映画の叙述の方向について集計した。
(図2)全映画の叙述の方向
集計の結果、「外」が52%と半分以上を占めた。
外に向けたキャッチコピーが多いのは、元々周知度が高くない作品の場合、作品の概要を説明しなければ、作品自体を読み手が掴めないためではないだろうか。
また、ジャンルごとに叙述の方向について違いがみられるのではないかと考えしらべたところ、いくつか特徴的なものがみられた。特徴的なものについて取り上げてみていきたい。
ドラマやミステリーでは比較的「内」が多い結果となった。「内」のキャッチコピーにおいて、主にキャッチコピーはその広告の中で完結するため、読み手にとっては閉ざされた情報であるといえる。ドラマやミステリーのように、そこに事件や謎などがある場合、「内」のキャッチコピーで、読み手に閉ざされた情報を提示することで読み手の興味・関心を惹きつけることができるのではないだろうか。そのためこれらのジャンルの映画のキャッチコピーには「内」のものが比較的多いのではないかと考えられる。
内外 | 内 | 外 | |
---|---|---|---|
アクション | 24 | 23 | 70 |
アドベンチャー | 4 | 9 | 31 |
オムニバス | 0 | 3 | 1 |
コメディ | 11 | 9 | 37 |
サスペンス | 14 | 11 | 16 |
ドキュメンタリー | 1 | 0 | 3 |
ドラマ | 26 | 33 | 30 |
ファミリー | 7 | 7 | 9 |
ファンタジー | 7 | 7 | 17 |
ホラー | 4 | 4 | 14 |
ミステリー | 3 | 12 | 7 |
恋愛 | 5 | 17 | 18 |
戦争 | 3 | 5 | 4 |
歴史 | 3 | 2 | 13 |
青春 | 7 | 5 | 7 |
SF | 13 | 4 | 26 |
本節では、キャッチ文長とジャンルの関係について述べていく。
まず、キャッチ文長についての全体傾向をみていく。以下、集計の結果である。
(図3)全映画のキャッチ文長
このように、文字数が10〜19文字の映画が49%と最も多く約半数を占める。また、文字数が40〜99文字の映画は全体の約92%を占める。
では、ここで2つの仮説をもとにジャンルとキャッチ文長の相関関係を見ていく。
一つ目は、「ホラー映画のキャッチコピーは短い」という仮説である。
ホラー映画はあまり多くを語らないことによって映画内容の不気味さや恐怖感を煽るように表現されているのではないかと推測し、「ホラー映画のキャッチコピーは短い」という仮説を立てた。
なお、先ほども述べたように全ジャンルで最も数が多く、約半数を占めるのは10〜19文字のキャッチ文長の映画であるため、それよりも短い1〜9文字のキャッチコピーを短いキャッチコピーとする。
キャッチ文字数が1〜9文字のホラー映画は、ホラー映画全体の14%である。
他も同様に考えると、
アクション映画 | 12% |
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恋愛映画 | 8% |
ファミリー映画 | 0% |
コメディ映画 | 2% |
ドラマ映画 | 13% |
SF映画 | 16% |
ミステリー映画 | 5% |
サスペンス映画 | 7% |
アドベンチャー映画 | 11% |
ファンタジー映画 | 6% |
「うひひひひひひひひひ…」(『学校の怪談』)などがあげられる。これらのようなキャッチコピーは読み手に対し、不気味さや恐怖感を与え、読み手の視聴意欲を掻き立てるのではないだろうか。
「遊ぼ。」(『着信アリ2』)
ドラマ映画 | 42% |
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アクション映画 | 30% |
アドベンチャー映画 | 36% |
コメディ映画 | 41% |
サスペンス映画 | 28% |
ファミリー映画 | 26% |
ミステリー映画 | 29% |
恋愛映画 | 46% |
ファンタジー映画 | 43% |
外 | 内 | 内外 | |
---|---|---|---|
1〜9 | 26(43%) | 19(31%) | 16(26%) |
10〜19 | 122(43%) | 95(33%) | 70(24%) |
20〜29 | 78(60%) | 28(21%) | 25(19%) |
30〜39 | 43(68%) | 6(10%) | 14(22%) |
40〜49 | 17(77%) | 1(5%) | 4(18%) |
50〜59 | 6(67%) | 1(11%) | 2(22%) |
60〜69 | 5(100%) | 0(0%) | 0(0%) |
70〜79 | 2(100%) | 0(0%) | 0(0%) |
80〜89 | 4(75%) | 1(25%) | 0(0%) |
90〜99 | 1(100%) | 0(0%) | 0(0%) |
ジャンルと記号の関連性を調べるにあたって、まず記号の持つ特性について述べていく。
「…」・・・文に間を与える働き
「?」・・・疑問符。疑問を表す。
「!」・・・感嘆符。強調・驚きなどの感情を表す。
本節では、映画をジャンルごとに振り分け、記号がいくつキャッチコピーに含まれているかを表にし、その関連性を見ていくこととする。
(表4)「…」とジャンルのクロス集計
(表5)「!」とジャンルのクロス集計
(表6)「?」とジャンルのクロス集計
(表4)からは、「…」はホラーの約30%近く使われていることが、(表5)からは「!」はアドベンチャーで半数以上使われていることが、(表6)からは、「?」はミステリーにおいて約20%以上使われていることがわかる。
これらから、ホラー映画では恐怖心をあおるため、間を置いたりゆっくりとした口調で相手に伝えたりするのに効果的な「・・・」がキャッチコピーに使われていることや、アドベンチャー映画では臨場感を生み出すために「!」が使われていること、スピード感やスリルを伝えることができ、謎を解き明かす物語の多いミステリーでは「?」を使って、読み手側の興味関心を惹いているということが考えられる。
つまり、ジャンルごとに記号が使い分けられており、恐怖心や臨場感、興味関心を惹くなど、映画の内容に合ったキャッチコピーを生み出すのに、記号がその役割の一端を担っているのである。
本節では、公開年代と使用語句の関連性について探っていきたい。この二つの項目で分析を行ったのは、時代の流れによってキャッチコピーに用いられる語に違いや変化が現れると考えたからである。また、公開年代別にキャッチコピーを見ることでキャッチコピーに対する作り手の工夫の変わりようも見ることができるのではないかと考えた。
公開年代は、映画数のバランスも踏まえて、ここでは「〜1999年」(A)、「2000〜04年」(B)、「2005〜09年」(C)、「2010年〜」(D)の4つに分けて分析することにした。キャッチコピーに用いられる語は、使用頻度(1つのキャッチコピーに2つある場合は2とカウントする)を調べ、上位のものをとってグラフを作成した。また、それぞれの語について使用頻度の割合についても算出した。
(A)〜1999 | (B)2000〜04年 | (C)2005〜09年 | (D)2010年〜 | ||||||||||||
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頻度 | 語 | 累積 | 割合 の 累積 | 頻度 | 語 | 累積 | 割合 の 累積 | 頻度 | 語 | 累積 | 割合 の 累積 | 頻度 | 語 | 累積 | 割合 の 累積 |
14 | 愛 | 14 | 3.00% | 21 | 愛 | 21 | 2.90% | 12 | 愛 | 12 | 1.60% | 8 | 世界 | 8 | 1.50% |
7 | 始 | 21 | 4.40% | 17 | 世界 | 38 | 5.20% | 10 | 生 | 22 | 2.90% | 7 | 愛 | 15 | 2.80% |
6 | 人 | 27 | 5.70% | 10 | 守 | 48 | 6.50% | 9 | 誰 | 31 | 4.10% | 6 | 人 | 21 | 4.00% |
5 | 世界 | 32 | 6.80% | 10 | 生 | 58 | 7.90% | 8 | 世界 | 39 | 5.10% | 6 | 救 | 27 | 5.10% |
5 | 生 | 37 | 7.80% | 10 | 知 | 68 | 9.30% | 8 | 未来 | 47 | 6.20% | 5 | 始 | 32 | 6.10% |
5 | 誰 | 42 | 8.90% | 9 | 始 | 77 | 10.50% | 8 | 人生 | 55 | 7.20% | 5 | 生 | 37 | 7.00% |
4 | 守 | 46 | 9.70% | 9 | 誰 | 86 | 11.70% | 8 | 見 | 63 | 8.30% | 5 | 私 | 42 | 8.00% |
4 | 男 | 50 | 10.60% | 8 | 見 | 94 | 12.80% | 8 | 守 | 71 | 9.30% | 5 | 終 | 47 | 8.90% |
4 | 夏 | 54 | 11.40% | 8 | 彼 | 102 | 13.90% | 7 | 彼 | 78 | 10.30% | 5 | 誰 | 52 | 9.90% |
4 | 運命 | 58 | 12.30% | 7 | 変 | 109 | 14.90% | 7 | 始 | 85 | 11.20% | 5 | 謎 | 57 | 10.80% |
3 | 恋 | 61 | 12.90% | 7 | 未来 | 116 | 15.80% | 6 | 奇跡 | 91 | 12.00% | 4 | 最後 | 61 | 11.60% |
3 | 恐怖 | 64 | 13.50% | 6 | 伝説 | 122 | 16.60% | 6 | 知 | 97 | 12.80% | 4 | 正義 | 65 | 12.30% |
3 | 地球 | 67 | 14.20% | 6 | 夢 | 128 | 17.40% | 6 | 時 | 103 | 13.60% | 4 | 父 | 69 | 13.10% |
3 | 戦 | 70 | 14.80% | 6 | 男 | 134 | 18.30% | 6 | 人間 | 109 | 14.30% | 4 | 命 | 73 | 13.90% |
3 | 攻 | 73 | 15.40% | 5 | 僕 | 139 | 18.90% | 5 | 変 | 114 | 15.00% | 4 | 真実 | 77 | 14.60% |
3 | 映画 | 76 | 16.10% | 5 | 夢 | 119 | 15.70% | 4 | 人類 | 81 | 15.40% | ||||
3 | 人生 | 79 | 16.70% | 5 | 何 | 124 | 16.30% | 4 | 恋 | 85 | 16.10% | ||||
3 | 奴 | 82 | 17.30% | 5 | 出 | 129 | 17.00% | 4 | 何 | 89 | 16.90% | ||||
3 | 見 | 85 | 18.00% | 5 | 動 | 134 | 17.60% | ||||||||
3 | 冒険 | 88 | 18.60% | 5 | 君 | 139 | 18.30% | ||||||||
3 | 出 | 91 | 19.20% | 5 | 恋 | 144 | 18.90% | ||||||||
5 | 運命 | 149 | 19.60% |
本節では、公開年代とキャッチ文長の関連について述べていく。
キャッチコピーには、短い文で読み手の心を掴むものから、長い文で興味を引く内容のものまでさまざまにある。そのなかで、各年代に分けて集計を取ったとき、それぞれの年代の特徴が見えてくるのではないか、という仮説を立て、調査を行った。
各年代それぞれのキャッチコピー文長の割合をグラフにすると、以下のようになる。
(図5)各年代のキャッチ文長の割合
年代によってキャッチコピーの平均文字数に特徴が見られた。特に、近年では、20文字以下の短いものが好まれる傾向にあることがわかった。
そのように短いキャッチコピーが好まれる背景には、画像、映像加工技術の向上や、キャッチコピーに使用される言葉の工夫の発達などがあげられるのではないだろうか。
表現者のねらいは読み手に「この映画を見てみたい」と思わせることである。そのためには映画の特徴やアピールポイントを説明しなければならないが、ただ単にあらすじのようなものを書いていても読み手の興味をひきつけることは出来ない。また表現者の主観的な感想を述べるのみであったり、抽象的な表現を使用しすぎても、読み手には伝わりにくくなる。そのような中で、表現者は、視点を登場人物にうつしたり、客観的な立場から語り手として言葉を投げかけたりしている。時にはどちらとも取れる視点からの表現や登場人物が読み手に言葉を投げかけるような表現もある。また、ジャンルによる叙述内容や文長の工夫、年代による文長や、言葉の変化などそれぞれの映画に合わせた工夫が見られた。先に述べたように、キャッチコピーとは読み手に映画を見てもらうための表現であり、表現者は1つの映画を最大限にアピールしようとしているのである。
つまり、キャッチコピーには、まだ映画の内容を知らない読み手の興味関心をひきつける言葉の工夫が詰まっているということだ。
今回の研究では映画を無作為に選んだことにより、ジャンルごとに分けるとジャンルに偏りが生じた。公開年代によって映画数に差が出てしまったという問題点もあった。これらの反省から、ひとつの構成要素に焦点化した映画選びをおこなう必要性を感じた。また、キャッチコピーが映画を見る人に与えた影響を数値化したものとして興行収入という構成要素を用いた。しかし、興行収入に影響する要因はキャッチコピーだけではない。映像や写真による読み手への働きかけも興行収入に影響を与える。他にも、シリーズものや原作(小説やマンガ)があるものでは、キャッチコピーの影響を必ずしも受けているとは考えにくい。
これらのことを踏まえると、ひとつの観点ごとに映画を選んだり、実際にキャッチコピーが人に与える影響をアンケートなどの方法で確認したりすることによって、より正確な研究結果が得られるのではないだろうか。これを今後の研究課題としたい。