序章  課題設定の理由

 

 私は幼いころからずっと猫と生活を共にしてきました。私にとって猫は人生のパートナーと言えます。猫は、とても不可解な動物で、気まぐれでよく分からないときもありますが、かわいくて、そのうえ、エレガントなのです。だから、私はいつも猫に翻弄され、悩まされ、また励まされたりもしてきました。

 このような猫達が、主人公として、また重要な脇役として登場する文学作品は、古くから、外国にも日本にも、数えきれないほどたくさんあります。そして、私が文学に登場する猫に興味を持ったのは、三回生のゼミで使用した『短編小説礼賛』という本の第七章を読んだときです。特にそこで紹介されていた『雨の中の猫』という作品では、「猫」に「ホテルの主人」の人生が表現されていることを知りました。作品中にさりげなく登場する猫にも意味があることが分かり、他の作品では猫がどのように取り上げられているのかを知りたいと思い、今回の論文に取り組むことにしました。

 論文にはいる前に、猫文学の歴史について調べてみました。 

 

   猫がはじめて文学に登場するのは、『猫との対話』(渡部義

  通)によれば、七〇五年の『日本霊異記』で、この第三十話に、

  ある男が死後、蛇になって息子の家に入ろうとして追われ、犬

  になって追われ、猫になってやっと御馳走にありつく話がある。

  次は『宇多天皇御記』に黒い猫が寵愛されたことが記されてい

  る。

   平安中期の『源氏物語』の若葉には、恋人の身代わりのよう

  に猫をかわいがる柏木が登場する。『枕草子』には猫を溺愛する

  一条帝とその母のことが書かれている。この猫と同じと思われ

  る猫の出産を祝う話が『小右記』に出てくる。この頃までは、

  猫は、「わが世の春」を楽しんでいたようだ。まだ、化け猫伝説

  もなく、仏敵とする俗説法も広まっていなかった。

   その後、猫は次第に、一般家庭に飼われるようになるが、武

  家社会になると、日本人の猫観が変わり、猫の占める位置も変

  化してきたようだ。鎌倉時代の『明月記』には尾が二つに分か

  れる猫股が出てくる。『四季物語』『徒然草』などにも年経た猫

  への恐怖を反映したねこまた伝説が現れる。

   そして江戸時代になると、猫はすっかり家猫として定着し、 

  『猫の草子』など擬人化された猫の本が出まわる。しかし、一

  方では、化け猫伝説が広まったのもこの時代である。

  こうして歴史の流れの上の猫を見ると、人間の勝手で、偏愛さ

  れたり、疎まれたりしている。

 

 以上が簡単な猫文学の歴史ですが、江戸時代以降、化け猫伝説などが原因で、猫は、暗く不気味なイメージを持つ動物だったようです。その影響をもっとも受けているのが、推理小説であると思われます。そこで、研究対象を推理小説に絞り、その中に、どのような猫がどのように登場し、そして、どのような役割を果たしているのかについて調べていきたいと思います。

 なお、今回、私は、特殊な能力を持つ猫ではなく、どこにでもいる普通の猫が果たす役割を調べたいと考えました。そのため、有名な赤川次郎の『三毛猫ホームズ』シリーズは、研究対象からはずしました。

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