猿と蛸
石田 直子
【著作権法に抵触するので、原稿に手を入れる】
テレビアニメ「日本昔話」のオープニングテーマ
♪ ぼうや〜
の後を削除するので、「よい子だ ねんねしな〜」以降を想起してお読み下さい。
【ここまで】
むかーしむかし、まだ日本という国もできていなかった頃のお話です。
あるところに大地とお友達のてっちゃんと、海とお友達のめぐちゃんがおったそうな。てっちゃんは大地から山菜や木の実などを分けてもらい、代わりに自分の体から出たものを栄養分としてお返しすることでいい関係を保っていた。不足しがちなカルシウムやタンパク質などはめぐちゃんと一緒にトドを捕ったりマンモスをしとめたりすることで補っていた。めぐちゃんは大の力持ちで、日頃はダイエットに最適な海藻を主食としていたが、ちょっと栄養が欲しいな、と思ったら友人の魚たちを追いかけ廻す鮫などと戦ってそれを食べていた。おしゃれにも気を使うめぐちゃんはその皮でバックや洋服を作ってはみんなに自慢していた。ちなみにてっちゃんはおしゃれのおの字も知らない人なので、一緒にマンモスを捕ったときにはその毛皮を全部くれたりするのでめぐちゃんはてっちゃんが大好きだった。
ちなみに二人は恋人同士だった。
てっちゃんは友人の猪の航君と熊の浩一君と遊ぶのがとても好きである。だいたい月曜日から土曜日までを一緒に過ごす。
「おはよう、てっちゃん。今日はなにしようか?」
「おっす、航。今日も浩一のヤツ誘ってプロレスしようや」
「またかいな。てっちゃんもすきやなあ」
「おはよう、お二人さん。今日は何をすることになったんや?」
「またプロレスやて」
「はっはっはっはっはっは。てっちゃんも飽きひんなあ」
といった具合だ。
しかしプロレス三昧の平和な日々ばかりではない。どこの世界にも一人くらい陰険で、ひねくれ者でめちゃくちゃ嫌われている奴がいるように、ここにもしっかりいるのである。それが猿の勘吉であった。彼は上記したような性格であるからもちろん友達と呼べるような人はいない。そして当然のごとく彼女もいない。そんな彼の目に止まったのがてっちゃんであった。勘吉が「俺もやっぱりもうちょっと性格治して友達の一人でもつくらなあかんなあ」と思いつつ散歩をしている時のことであった。突然、目の前が真っ暗になり彼は尻餅をついた。落とし穴に引っかっかったのである。そのとたんものすごい笑い声が頭の上から降ってきた。
「わっはっはっはっは! めちゃめちゃおもろいわ! こんなんに引っかかるヤツいてるんやな。てっちゃん天才!」
「そやろ。こういう事は任せなさい!」
「はっはっはっは。まったくその通りやな。大丈夫かい、勘吉君」
その後3人は「ごめんな」と謝って「一緒にプロレスごっこしようぜ」と誘ったのだったが、傷ついた彼のプライドはそんな事で復活するほど低くはなかった。
「うるさいわ!」
と一言捨てゼリフを残すと憤然として去っていった。このとき彼は持ち前のねちっこい性格から、「オレ様にこんな事してただですむと思うな」と復讐の黒い炎を燃やしていた。
そんなある日、彼は良い案を思いついた。
「そうだ、NICEBODYな彼女を作ってあいつらに見せつけてやれ」
あまり賢いとはいえない彼にはこんな事しか思いつかなかった。しかしそんな野望すら、試みられる前に挫折することになる。なぜならその日のうちにてっちゃんとめぐちゃんのラブシーンを目撃してしまったからである。
良い案を思いついたと思った勘吉は、いざナンパを試みるべくナンパのスポットである海岸へと赴いた。しかしなかなかうまくいかない。日はどんどん暮れてきた。「まあ焦ることはない。気長にいこう」と、帰り支度をしていると見たことのある顔が見えた。
「あれ? 徹也の奴、何でこんなところにいるんだ」
よく見ると、隣に彼女がいるではないか! 軽い目眩を覚えつつ、気を取り直してもう一度視線を上げると彼らは真っ赤な夕陽をバックにちゅーの真っ最中であった。
「ちゅー! おいおい、ちゅーかよ」
彼の中で何かが音を立てて崩れていった。このとき彼は誓った。全身全霊を賭けて徹也を不幸のどん底に陥れると。
めぐちゃんはとても不機嫌だった。てっちゃんが日曜日にしかデートしてくれないからである。しかもてっちゃんは別にそれで構わないような様子だ。こうして今日もめぐちゃんは親友の鰯の恵子に愚痴るのであった。
「ほんと男の人って子どもよね。いつになったらプロレスごっことやらを卒業してくれるのかしら」
「男の人ってそんなもんじゃないの。いつも緑子が言ってるじゃない。男なんて一生子どもだって」
「緑子はただ単に遊び過ぎなだけよ」
「誰が遊び過ぎなの?」
いつものように濃い化粧をした秋刀魚の緑子がやってきた。
「あ、聞こえちゃった?」
「当たり前じゃない。小さい声でしゃべってるわけじゃないのに」
「へっへっへ。でも事実じゃん」
「まあね。しょうがないじゃん、男がほっとかないんだから」
いつも三人集まっては噂話ばかりしていた。そして今最もホットな話題といえば、なんといっても蛸の綾乃小路充だった。彼はめぐちゃんにてっちゃんという歴とした彼がいることを知りながらもう3カ月もしつこく付きまとっているのである。
「ところでめぐちゃん、例のボンボンはどうなったのよ」
そう、何を隠そう充は蛸一族の中ではめちゃめちゃ金持ちだった。
「どうもこうもないわよ。あいつ絶対頭おかしいって。だってこの前だって『僕の愛がどんなに深いか君に教えてあげよう』って自分の足をその場で切りはじめるんだもん。『蛸にとって自分の足の存在は……』とかなんとか訳のわかんない事言って。いくら蛸に痛覚がないからってさあ」
「うーむ。それは気持ち悪いかも。金持ちのインテリはなに考えてんだか」
「めぐちゃん、変に優しくしたりしてない?」
「してないよー。私はてっちゃんひと筋よ!」
「はいはい、ごちそうさま」
彼女達はこのときいつものような会話をし、いつものように楽しんでいた。しかしたった一つだけいつもと違うことがあった。充がその会話を聞いていたのだ。彼はとんでもない勘違い野郎で、めぐちゃんが徹也とつきあっているというのは自分の気を惹くための嘘だと思っていたのだ。可愛さあまって憎さ一千倍である。その愛情は深かっただけに反動も大きかった。
彼は誓った。手に入れることが出来ないなら、いっそ滅ぼしてしまえと。
似た者同士と言うのは何か引きつけ合うものがあるのだろうか。猿の勘吉と蛸の充はふとしたきっかけで知り合いになった。ある時一緒に酒を飲んでいて、お互いに自分の誓いを打ち明け合い、ますます意気投合していった。
「充! こうなったら二人で手を組もうやないかい」
「いいぜ。俺を裏切っためぐみに後悔させられるんならどんなことでもしてやる。そして徹也もな」
「よっしゃ、決まりや。ほな兄弟の杯といこか」
「乾杯!」
「乾杯 !」
平和な日々が続いていた。
ある日てっちゃんはいつものように航君や浩一君とプロレスをしていた。そこへひょっこりと勘吉がやってきた。
「よお、俺もまぜてくれへんか」
「おお、ええよ」
てっちゃんは何の屈託もなく勘吉を仲間にいれた。そしてその日以来勘吉は毎日のように3人のところへやってきた。しかし彼はいつもレフリー役で、決してプロレスをしようとはしなかった。彼は蛇のようにじっとチャンスを待っていた。
そしてそのチャンスはやってきた。準備はすべて整った。彼は毎日レフリーをする事で自分の位置を獲得した。彼のジャッジには誰も文句を言わなかった。
いつものように4人はプロレスごっこをしていた。そしていつものように彼が「ワン、ツー、スリー」というときに航君と浩一君の体にほんの少し何かを付けた。付けられた本人達も付けられたことに気付かないくらいの量だった。
何事もなかったかのように時間は流れ、「今日はもう帰ろか」ということになった。帰り際、勘吉がてっちゃんを呼び止めた。
「てっちゃん、これあげるわ」
「何これ」
「香水や。おしゃれ好きのめぐちゃんにあげたらきっと喜ぶんちゃうか」
「いやあ、ほんまや。ありがとう。でも何でくれんの?」
「最初にてっちゃんが快く受け入れてくれへんかったらこんなに仲良くなれへんかったから」
「そんなことええのに。でもありがたくもらっとくわ。ほんまにありがとう」
てっちゃんは大喜びで波打ち際まで走って行き、大声で叫んだ。
「めーぐちゃーん」
めぐちゃんはいつものように大波に乗ってやってきた。
「何か用なの」
彼女はてっちゃんが未だに週に一回しか逢ってくれないことに腹を立てていた。
「何でそんなに怒ってんの? それより今日な、いいものが手に入ったからめぐちゃんにあげようおもて」
いままでろくなプレゼントを貰ったことのなかっためぐちゃんは津波を起こしてしまいそうなくらい喜んだ。
「どうしたのよ、これ! てっちゃんもやっと私を喜ばせるものを選べるようになったのね。すっごく嬉しいわ!」
そういわれると口が裂けても貰いものとは言えなくなってしまい、
「まあ、つけてみてや」
ということで誤魔化した。
「とても素敵な香りね」
めぐちゃんは上機嫌で海へと帰って行った。
それから一週間が過ぎた。
てっちゃんたちはいつものようにプロレスごっこをして遊んでいた。はじめにてっちゃんと熊の浩一君が試合をして、てっちゃんがドロップキックで勝利を納めた。次に猪の航君がてっちゃんに挑んだがD.D.T.を決められてふらふらのところを抑え込みにはいられた。
「ワン、ツー、スリー」
いつものように勘吉がカウントをとり、てっちゃんの勝利が決定。
「イェーイ、2連勝や」
ところが航君の様子がおかしい。いつもなら「いまのは準備運動や。さあ、本番いこか」といって何度でも挑んでくるのにどうしたことかぴくりとも動かない。
「航君、どないしたんや?」
勘吉が揺すってみる。
「……冷たい」
「そんなアホな! 航君!」
「D.D.T.の時に首の骨が折れたんや、きっと」
「嘘や。いつもやってる技やしこんなに太い首がそんな簡単に折れるか? なあ、浩一君」しかし、浩一君も冷たくなって倒れていた。
「浩一君もあのドロップキックの時に………」
「嘘や! そんなことあるか!」
てっちゃんはその場を逃げ出し、海へと急いだ。
「めーぐちゃーん!」
しかし何度叫んでもめぐちゃんはやってこなかった。代わりに鰯の恵子が「家に行ったら眠ったまま冷たくなってた」と泣きながら訴えに来た。
そのころ蛸の充は悩んでいた。計画通りに徹也は不幸のどん底に、めぐちゃんは自分の手元にある。あとは既成事実を作るだけでよかった。しかしここにきて育ちの良さとインテリが邪魔をしていた。
「薬を使って女性を自分のものにするなんて野蛮なこと……。ぼくにはとてもできない………」
自分で計画を立てておきながら、充はひき続き悩んでいた。
空に星が瞬きはじめた頃、徹也はまだ浜辺にいた。友をなくし、恋人をなくし、生きる気力を失っていた。
「こんな所にいてもしゃあない。みんなの所にいきたいなあ」
彼はゆらりと立ち上がり、海へと入っていった。
気付いたとき徹也はめぐちゃんの友達である秋刀魚の緑子の家のベットに横たわっていた。
「気が付いたようね」
「何で俺はこんな所に……」
「てっちゃん、落ちついて聞いてね。これは勘吉と充の陰謀なの。あたしの男友達の話によると、ずいぶん前から充がお金を使ってある薬を作らせてたみたい。どんな薬かわかる? 24時間仮死状態にできる薬よ。それもきっかり一週間後に効くようなね。しかも小量でその効果は充分。どお? 思い当たるふしはあって?」
謎はすべて解けた。
てっちゃんはまず緑子の男を使ってめぐちゃんの居場所を捜し出し、そこで朝まで悩み続けていた充をボコボコにしてからめぐちゃんを安全な場所に移した。それから目覚めた航君と浩一君と共に、一人で勝利の杯を重ねてぐっすり眠っていた勘吉の家へ押し入り、これもまたボコボコにした。
それからというもの、蛸はボコボコにされるのを恐れて滅多に岩陰からでてこなくなり、猿のお尻はボコボコにされたときの後遺症で未だに真っ赤っかなんだとさ。
【著作権法に抵触するので、原稿に手を入れる】
テレビアニメ「日本昔話」のエンディングテーマ
♪ いいないいな〜
の後を削除するので、「にんげんっていいな〜」以降「ばいばいばい」までを想起しながら読み終えて下さい。
【ここまで】
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