序 文

ウェーヴレットの研究はこの5,6年の間に急速な発展を遂げた.あまりに急速であったため,多くの論文や書籍がすでに古くなってしまった. しかし,いまやその頂点に達したウェーヴレットの 1 分野がある.それは直交ウェーヴレットである.主要な概念はすでに標準的なものとなり,これ以降の発展はおそらく補足的なものになるであろう.ある意味では,直交ウェーヴレットはほかの直交関数系となんら異なるものではない.それらは,関数を直交関数の級数として表現することを可能にするものである.しかし注目すべき違いがある.ウェーヴレット級数はほかの級数と異なって各点収束し,より局所的でエッジの効果を効率的に探り出すことができ,ある種の信号や画像をより少ない個数の係数によって表すことができる.

残念ながら,すべてがバラ色ではない.ウェーヴレット級数展開は任意の平行移動で大きく変化する.これは Fourier 級数より悪い.合成積や微分など,ほかの演算についても同様のことがいえる.

本書では,ウェーヴレットは,Fourier 級数や直交多項式系など,ほかの直交関数系と同じように扱われる.したがって,その長所も短所もより直接的に見えることになる.

本書のレベルは,工学および数学の大学院生が読めるように設定されている.大学院初学年程度の実解析と複素解析の知識を仮定している.しかし,後の方の章はもっと技術的で,より高度の予備知識を必要とする.全般的に Lebesgue 積分が使われる.これは積分を計算するには実際上何の影響もないが,多くの理論的な利点を与えるものである.

ウェーヴレットは直交関数系というテーマにおいて,応用における有用性に基づく最新の成果である.実際,直交関数系は発案当初から応用に付随していた.Fourier は 3 角関数による Fourier 級数を,熱伝導や波動方程式などの偏微分方程式を解くために考案した.直交多項式を含むそのほかの直交関数系は 19 世紀に現れた.これらも偏微分方程式の問題と強く関わっている.Legendre 多項式は Laplace の方程式の球内における解を見いだすのに使われたし,Hermite 多項式や Laguerre 多項式は Schrodinger の波動方程式の特別な場合の解を 見いだすのに使われた. Bessel 関数もそうだが,これらは Sturm-Liouville 問題の特別な場合である.Sturm-Liouville 問題は,さまざまな偏微分方程式を解くために使われるいろいろな直交関数級数を導く.

20 世紀初頭の Lebesgue 積分の発見は直交関数系の一般論の発展を可能にした.応用を念頭においてはいなかったが,それは Haar 系や Walsh 系などの新しい直交関数系を導入することを可能にし,結局これらは信号処理において有用であることが知られるようになった.同じ分野で有用なものとして sinc 関数とその平行移動があるが,これらは Paley-Wiener 空間の直交基底をなす.これらは,ある積分方程式や Sturm-Liouville 問題の解を表す扁長楕円体球関数 (prolate spheroidal function) と関連している.

Haar 関数系や sinc 関数系の一般化である直交ウェーヴレット関数系は,多くの特徴的な性質を持っている.そのため,直交ウェーヴレット関数系は,データ圧縮,画像解析,信号処理,数値解析,音響解析などにおいて有用となる.その分解と再構成のアルゴリズムによって,データの離散化において特に有用となる.また,直交ウェーヴレット関数系は,古典的な直交関数系よりも優れた収束性をもっている.

Lebesgue 積分は直交関数系の一般的な理論を可能にしたが,多くの応用を扱うほどには一般的でない.特に,デルタ ``関数'' すなわちインパルス関数は信号処理で中心的な役割を果たすが,2 乗可積分関数ではない.幸い,このようなものを扱う理論が 20 世紀中頃に現れた.これは主に L. Schwartz による ``超関数'' の理論である.超関数は,それを直交関数系で表すことができ,また関数を直交超関数で表すことができるということによって,直交関数系と結びついている.

本書は 13 章から成っている.初めの 7 章は解説的で一般的であるが,残りの章はより専門的でほかの分野での応用を含んでいる.それぞれの章は直交関数級数の応用,または性質に関連している.

第 1 章ではウェーヴレットの 2 つのプロトタイプとなる直交関数系を提示する.これらは,Haar 関数系と Shannon 関数系で,すべてではないが, 直交ウェーヴレット系の多くの性質を持っている.それに続いて,直交関数系の一般論が述べられる.これは標準的な理論であるが,結果の一部は個々の例のすべてに活用される.

第 2 章は緩増加超関数への短い導入である.これは比較的簡単な理論で,直交関数級数の多くに必要な一般化関数はこれだけである.多くのエンジニアはまだ ``デルタ関数'' を躊躇して使っているように見受けられる.しかしこれは正しい数学的な定義を与えられたものであって, 躊躇する必要はない.この章では,これに付随する Fourier 変換の理論も与えられ, これを使って多項式や 3 角関数などの Fourier 変換をとることが可能になる.

第 3 章は直交ウェーヴレットの一般論入門である.直交ウェーヴレットを構成するいくつかの方法と,直交ウェーヴレットの性質を解説する.多重解像度解析は級数の項が解像度ごとにグループ化されることを表す.ある解像度における係数を別の解像度の係数から与える Mallat の分解および再構成アルゴリズムもここで提示される.これらの性質のいくつかは,第 5 章で緩増加超関数に拡張される.

第 4 章でわれわれは 3 角関数の Fourier 級数に立ち戻り,各点収束や総和法などより詳しい性質を考える.これらはよく知られた結果であり,さらに突っ込んだ詳細は Zygmund の文献で述べられている.超関数の Fourier 級数展開についても簡単に触れる.

第 6 章ではもう 1 つの大きなクラスの例である,直交多項式を扱う.古典的な例の定義を与え,それらの性質を調べる.Hermite 多項式は自然な形で緩増加超関数に関係するが,この関係が持つ性質も議論する.そのほかの直交関数級数は第 7 章で議論される.

直交関数級数のさまざまな収束性は第 8 章で議論される.特に,ウェーヴレット級数の各点収束をほかの直交関数系による級数と比較する.また,Sobolev 空間における収束速度を決定する.ウェーヴレット級数の Gibbs の現象を,ほかの級数の場合と比較する.

第 9 章は標本化定理を扱う.これは 3 角関数系や多項式系など多くの直交関数系において現れる.しかし,古典的な Shannon の標本化定理は Shannon ウェーヴレットのウェーヴレット部分空間を扱う.これをほかのウェーヴレット部分空間に拡張することができる.等間隔,および非等間隔な標本化点の両方の場合を考える.

第 10 章では,平行移動作用素と直交関数系との関係を考える.ウェーヴレット級数は,ある例を除いては,この作用素に関してよい振る舞いを示さない.

第 11 章は Fourier 級数およびウェーヴレット級数の両方に基づく正則関数表示を扱う.これらは,実軸上で与えられた値を持ち,半平面上で定義される調和関数を求める境界値問題を解くのに用いられる.

第 12 章では,さまざまな直交関数系による確率密度関数の推定値を考える. Fourier 級数と Hermite 級数の両方が使われてきたが,ウェーヴレット級数が最適であることになる.

最後の章では,確率過程を直交関数系で表すために,Karhunen-Loeve 理論を考える.ウェーヴレットに基づく別の定式化が行われる.

本書の内容のいくつかは,数学系と工学系の学生の両方が混じった大学院の講義で使われた.直接教科書として書かれてはいないが,特殊関数や信号処理の数学の現代的な講義の基礎となり得るものである.各章の最後に演習問題がある.そのほとんどは,本文の内容を理解するのに役立つように考慮されている.

謝 辞

本書を書くに当たってたくさんの方々にお世話になったが,とくに次の 2 人には感謝したい.Joyce Miezin は効率的にタイプして,私の手書きの原稿を正しい数学記号に翻訳してくれた.Bruce O'Neill は原稿の数学的なミスプリントを指摘してくれた.

G. G. ウォルター

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訳 者 序 文

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