memory

加藤先生とクラゲと仲間たち: 学研映画「卵から親へー形成体のはたらきー」

1980年

「 終戦の翌年、私が中学3年のとき、生物の先生がニホンアカガエルの卵を、解剖顕微鏡で見せてくださった。卵が分裂していく!このとき出会った新鮮な感動が、この映画作りに参加する気になった遠因かもしれない。

 この映画には、イモリの卵を使った実験発生学上の著名な手法と、その結果が出てくる。しかし、当時のドイツの学者が用いた方法そのままではなく、わが国の先人たちによって改良された方法が示されている。例えばシュペーマンは、幼児の毛髪を使って卵の結紮を繰り返したが、この困難な方法は彼の手の筋肉を萎縮させてしまった。ここではより効果的に、脱脂した絹糸を使っている。ともあれ、これらの歴史的な実験が映像として完全な形でおさめられたのは、今回が世界で初めてではないだろうか。教材としての優れた効果も期待できると思う。

 撮影のために、卵は局所染色され、大手術を受け、薄い卵黄膜さえ外され、強いライトを当てられた。このような激しい処置を加えられても、卵は生き続け、発生を進めようとした。しかし、この厳しい条件にかてず、ある時期に、もう耐え切れないと言わんばかりに爆発的に崩壊してしまった卵も数限りなくあった。
 この映画に登場する卵の語りかけの裏に、発生途中で死んでいった胚や、幸いにしてフィルムには納まったが、編集の段階で切り捨てられた多くの忘れることのできない映像があることを付記したい気持ちである。」 (学研映画「卵から親へー形成体のはたらきー」パンフレット: 加藤憲一「撮影を終えて...」, 1980/9)


アカハライモリ:加藤研究室にて撮影
1984年

「 19世紀のドイツは、光学顕微鏡を用いた細胞・組織学のメッカであった.....。このことが、19世紀の終りから今世紀初頭にかけて、絢爛たる花を咲かせた発生機構学の背景であった。その代表的実りが、高校生物教科書に必ず取り上げられているハンス・シュペーマン(1969~1942...)のオーガナイザー(形成体)であり、ウォルサー・フォークトの器官原基配置図(予定運命図)である。.........
 よく引用されている器官原基配置図は、1929年刊行の323ページの大論文「局所生体染色による両生類胚の造形分析」に基づいている。この仕事は、教科書の中で正常発生の進行の詳細な記述的なものとして位置づけられているが、当時は発生運命を正確に明らかにすること自体、発生を対象とした実験方法(因果的研究法を意味する)の開発であり、発生学の概念確立に不可欠のものであった。フォークトの、あらかじめ色素をしみ込ませた寒天小片を貼付し、色素を胚表に残して、貫入後さえ手術によって標識部分を知ることができるという方法は、まさに予定運命を無害に精確に、しかも適用範囲の大きさからいって全く卓越したものであった。
 28歳も年長でありながら、終生良き友人であったハンス・シュペーマンの胚発生における誘導理論も、予定運命を知ることなくして完成しなかったことは明らかである。小さな球の上に原基の運命を図示する作業には技術的精密さが必要であった。フォークトはこれらの点で人々を魅了した。
 .....シュペーマンは、フォークトより1年後に亡くなるが、彼の死に接し、「その仕事は完成すべく魂をかりたてるものにして、無限なり」と追悼している。」
(高校通信 東書 生物, 東京書籍, No.243: 5. 加藤憲一「生物学人物誌 8 フォークト 1988~1941」より引用, 1984/9)


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